死して屍拾う者無し

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■フレーズ
隠密同心、心得の條。我が命、我が物と思わず。武門の儀、飽くまで陰(かげ)にて。己の器量伏し、御下命 如何にても果す可し。尚、死して屍拾う者無し。死して屍拾う者無し。
番組のタイトルは『大江戸捜査網』(1970-1984, 初期の頃は『大江戸捜査網 アンタッチャブル』)だが、主役たちが演じている“隠密同心”のほうを記憶している人も多いと思う。

“隠密同心”というのは、実在の捜査官・町奉行配下の“隠密廻り同心”のことではなく、老中・松平定信が主宰する諜報組織であり、その位置づけは『服部半蔵影の軍団』のような、忍者組織に近い。ただし実際のストーリーは諜報より、普通の犯罪捜査という面が強く、役割的にはむしろ隠密廻り同心に近いかも知れない。

この番組には後に時代劇の大物役者となった、杉良太郎・里見浩太朗・松方弘樹が主役級として出演しており、ほかにも梶芽衣子・志穂美悦子・安西マリア・かたせ梨乃などといった、錚々たるアクション女優さんたちも質の高い演技を見せていた。

概して低予算(に見える)のわりに、出演している役者さんたちの演技力の高さにより、ひじょうに良心的な作品に仕上がっていた。

上に挙げたナレーしョンは、事件の全容が明らかになりも隠密同心たちが、夜風の吹く江戸の町でそろい踏みして犯人の屋敷に向かうシーンで流れるものである。「死して屍拾う者無し」というのは、このフレーズ自体、大量の模倣とパロディを生み出したが、『スパイ大作戦』の「君もしくは君のメンバーが捕らえられあるいは殺されても当局は一切関知しないからそのつもりで」の時代劇的翻案であり、『スパイ大作戦』へのオマージュなのであろう。

なお、この番組のサブタイトルが『アンタッチャブル』なので、後にアメリカ映画『アンタッチャブル』(1987 **)が制作公開された時、筆者はこの番組を思い出して懐かしい気分になった。私の父は『大江戸捜査網』が放送されていた頃、この番組時代を『アンタッチャブル』と呼んでいた。

(*)当時は私も知らなかったが先行する同名のテレビドラマ(1959-1963)があり、映画はその約25年ぶりのリメイクである。

■関連項目
スパイ大作戦

(2020-05-31)
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