←↑→ (04)お金とは何か
今回の問題を色々考えていった中で、私はお金とは何かというのを、再度考え
直してみました。お金というものの発生について近代の経済学者達はだいたい
下記のような説明をしています。

 人間が集団を作って住んでいる中で、それが同族集団の場合は集団全体のた
 めに各人が働き、食料を確保したり、住居や衣服の作成メンテをしたりする
 ので、ここではお金というものは必要ない。現代でも家族の中で親が子供に
 食事を提供したからといって子供からお金を取ることはないのと同様である。
 
 しかし社会の規模が大きくなり、必ずしも同族ではない集団が集落を作って
 共同生活をし始めた場合はこのような「無償での品物やサービスの提供」は
 あり得ないので、ここで物々交換というものが始まる。たとえばその集落の
 中の誰かが衣服を作るのがものすごく上手なので、みんながその人の服を
 着たがる。その時、服をもらう代わりに自分が持っていた干し肉を渡す。
 またある人は服の代わりに自分が焼いたパンを渡す。そうなるとその人は
 食料を生産する作業に従事しなくても生きていけるので全ての時間を服作り
 に専念することができるようになる。このようにして集落の中で「専門職」
 が生まれた時、同時に物の交換というものが生まれた。
 
 ところが物々交換方式には重大な欠陥がある。それはたとえば服が欲しい時
 に自分がその服を作っている人がほしがるようなものを持っていれば交換が
 成り立つが、自分の持っているものを向こうが特にほしがらない場合は成立
 しないという問題である。たとえば専門職が発達した集落で、蹄鉄を作って
 いるBさんが服を作っているAさんから、服をもらいたいと思って自分の作
 った蹄鉄を持っていってもAさんは馬を使わないので蹄鉄は不要で、取引が
 成立せず、Bさんは服を入手することができない。
 
 この時、パン作りのCさんがいて材料の小麦の運搬に馬を使っているので、
 BさんがCさんのパンと自分の蹄鉄を交換した上で、そのパンを持ってAさ
 んの所へ行けば、Aさんもパンとなら服を交換してくれる。つまり蹄鉄と服
 の交換にパンという別のものを介在させると交換がうまくいくのである。
 
 このような「交換の媒介」をするものは最初はその度に適当なものが選ばれ
 ていたであろうが、やがて媒介させるのに便利なものが標準的に使用される
 ようになる。その代表例が塩や布や穀物であった。
 
 さきほどの例であけだパンは誰でもほしがるものだから交換に便利なように
 も見えるが「時間がたつと価値が落ちる」という重大な欠陥がある上にその
 価値を計る尺度が難しい。塩や穀物は重さで価値が計れるし、布は面積で
 計れる。また、これらは長期間おいても価値はあまり変わらない。
 
 (古代ローマでは兵士の給料を塩で支払っていた。salaryの語源はsaltで
  ある。日本では江戸時代に武士の給料は○俵と米で支給されるのが基本
  だったし、藩の実力も○万石と米の取れ高で表されていた)

 ただ穀物の場合は高価なものと交換しようとするとかなり大量に持っていか
 なければならないし、布は分割するのは簡単だが細切れになってしまうと
 ほぼ無価値になってしまう。塩は湿度が高くなると空中の水分を吸収して
 重くなり「本当の分量を量るのが困難」という問題が生じる。

 そのような試行錯誤の中で最終的に生き残った媒介物が金(gold)であった。

 金は放置しても酸化しないのでいつまでも不変だし塩のように空気中の水分
 で重さが変わったりはしない。少量で高価値だから大きな取引や遠隔地との
 取引に使いやすい。さらに細かく分けられているものも再融解させてひとつ
 にまとめることができる。
 
 そこでやがて金が交換の媒介の標準となり、あわせてその地域地域で便利な
 媒介物も補助的な手段として残るに至る。これが「お金」が生まれた瞬間で
 あった。つまり「金(money)は生まれながらにして金(gold)であった」

金の価値を計るのには重さを量りますので、だいたいどこの国でもお金の単位
と重さの単位で同じ単語が使用されていることがよくあります。

さてここで、大きな取引ならその度に金の重さをきちんと量ってしてもいいの
ですが日常的な食材や日用品などを買うのにまでいちいちそんなことをしてい
たら不便で仕方がありません。そこで大きな国が作られた場合、そこの支配者
は国の公認の「金貨」というものを製造し『この金貨は10グラムの重さがある』
などと認定して流通させました。

これが現在見るようなお金の起源と考えられます。ただたとえば10gの金という
のは1万円くらいの価値なわけですが、この単位では不便な、少額取引も存在し
ます。そこで作られたのが「補助硬貨」というもので銀や銅などの素材で作り
「この銀貨を10枚持ってくれば金貨1枚と交換する」などと宣言します(但し
実際には金貨と銀貨の交換比率は実勢で変動していることが多い)。しかし
最終的には金貨でさえ「この金貨1枚を持ってくれば10グラムの金と交換する」
と宣言するという形で、本来は金(gold)そのものであったはずの金貨自体が
一種の補助硬貨へと降格されてしまいました。

この金貨が降格されてしまったひとつの原因は金貨の金含有率がどこの国でも
低くなっていく傾向があったためです。元々は金貨というのは金100%で作る
べきところなのですが、金だけだと柔らかすぎて変形しやすい問題もあり他の
金属との合金にしておきます。ところがどこの国でも政府がお金に困って金貨
の大量発行ということをしでかし、その時に実際に使用する金(gold)が足りな
いので含有率を下げてしまったのです。またもうひとつの原因は、国家認定の
純金の金貨を作っても、悪意のある商人が「少しくらい削ってもバレないだろ
う」といって金貨を削ることが横行し、本来10グラムの金で作られていたはず
の金貨がいつの間にか9グラム程度になってしまっているという事件がしばしば
起きたことから、金(gold)と流通硬貨とを切り離さざるを得なくなったのだと
もいわれています。

こうして国家が成立した頃から、お金は日常的には「金(gold)と交換可能な物」
という『仮想化』された「硬貨」で代用されるようになりました。しかしその
「交換可能」を保証しているのは国家ですから、国家が消滅すると硬貨の価値
も消滅します。そこで国を渡り歩くユダヤの商人たちはお金を必ず金(gold)の
形で保持することを忘れないようにしていましたが、要するにこの時代以降は
日常的に使用される「お金(money)」は国家の信用の上に成り立つようになり
ました。

世の中が安定してくると、このような「交換可能」なものを発行するのは国だけ
ではなくなっていきます。江戸時代の日本では各藩が藩内の流通に使用する
「藩札」を発行していました。ヨーロッパでは近代発達してきた銀行が一定の
お金(実際には金-gold-)を預かった証として定額式の「銀行券」を発行する
ようになり、この銀行券が硬貨と同様に決済の手段として使用されるように
なります。藩札は藩の信用、銀行券は銀行の信用で流通するものです。ここで
銀行券は、元々その券を発行した銀行に持ち込めばいつでも金と交換しますよ
という「兌換手形」にすぎなかったのですが、定額方式でしかも紙製で金貨よ
り軽くて便利なことから、近代のヨーロッパ経済の発達に大きな貢献をしました。

日本でも明治維新以降、明治5年に国立銀行条例が施行され、多数の国立銀行
が生まれて(当時の第○銀行という名前を今でも維持しているところもある)、
それらの銀行が金と交換可能な銀行券の発行を始めました。このように多くの
銀行が銀行券を発行するというのはアメリカの方式です。ところがこの制度は
銀行券の発行のしすぎであっという間に行き詰まり、明治9年には兌換停止が
宣言されてしまいます。そこで銀行券はどこの銀行でも発行できるのではなく、
ひとつの銀行でだけ発行できるようにして国が発行量をきちんと管理すべきだ
ということになり、明治15年日本銀行が設立されました。

この日本銀行の銀行券「日本銀行券」自体は初め「銀兌換券」でしたが明治30
年に「金兌換券」に変更になりました。この金兌換券としての銀行券の流通は
だいたい19世紀半ばころにどこの国でも一般化したのですが、全て昭和初期の
大恐慌で吹き飛んでしまいます。

どこの国でも金との兌換を停止し第二次世界大戦を経て一時的な「ドル本位制」
になるものの、現在のような変動相場制により主要通貨(特にドル・ユーロ・
円・ポンド)が交換されるという時代になり、お金は更に仮想化の度合いが
進展しています。

なお現代では多くの人がお金を銀行券ではなく預金通帳の形で所有しています。
銀行券と預金通帳はもともと同じ起源のものであり、定額無記名方式のものが
銀行券、不定額記名式のものが預金通帳です。預金通帳は本当は「お金を預け
ている」ことを証明する書類ではなく「金(gold)を預けている」ことを証明す
る書類でした。私たちは「ATMでお金をおろす」と言っていますが、これは
譲渡性のない預金通帳の権利(金に関する権利)の一部を解約して、定額制で
譲渡性のある銀行券に交換しているだけのことです。

更には私たち庶民には縁がないですが企業相手に銀行が発行する「譲渡性預金」
の場合は預金証書をそのまま決済手段として他人に渡すことが可能です(銀行に
通知は必要ですが)。やはり預金は「お金を預けたもの」というより、そのもの
が仮想化されたお金であるわけです。

更に現代ではネットバンキングや店舗でのデビットカードなどの使用により、
通帳に入っているお金を直接取引相手の口座に移すことで商品を購入すること
ができます。これなども預金というものに関する、ひじょうに本来的な機能を
使用していることになりますが、処理は電子的な世界に仮想化されています。

私たちがネット決済でたとえばソフトウェアを購入した場合、そこで動くのは
すべて電子の世界のものばかりです。ソフトウェア自体は回線を通して自分の
パソコンにダウンロードされます。自分の口座から預金額が減算され、その分
販売者の口座の預金額が加算されます。この取引では物理的なものは何も動い
ていません。

しかしここで私たちは銀行の預金額の権利を譲渡しており、預金額の権利は
日本銀行券の所有の権利と交換可能で、日本銀行券は日本銀行が(実際の兌換
はしませんが)所有している金(gold)にもとづいて発行している、金の権利を
記載した手形であるわけです。つまり我々はやはり今でも超間接的ではありま
すが、金を商品交換の媒介として使用していることになります。


(2003-12-26)

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