←↑→ (06)返さなくてもいい借金がある
人はなぜ借金をするのでしょう? これが今回の短期連載の一番のテーマです。

借金の起源というのは、農業が始まった頃の種籾の貸し借りであるという説が
最近濃厚のようです。1929年にメソポタミアで発掘されたイナンナ神殿の遺跡
からそのようなことが行われていた記録が見つかっています。当時前年に事故
や病害虫などにより種籾が充分得られなかった農民に、神殿がストックしてい
る種籾を貸し出して農作をさせるということが行われていました。この貸出し
の証文は素焼きの器に入れられており「ブラ」と呼ばれていました。

無事収穫できた農民はお礼に借りた籾の量に3割程度上乗せして神殿に納めて
いました。それが翌年の籾貸しの原資になる訳ですが、万一その年も干魃など
本人の責任ではない形で収穫ができなかった場合は、返済は免除されていたと
言われています。当時はこれは慈善事業であり相互扶助制度でもあった訳です。
同様の制度は日本などでも神社で行われていたことが知られており、日本では
出挙(すいこ)と呼ばれていました。

このように元々借金というのは「事業をしたいがその元手がない」人のために
貸し出されるものです。

そして失敗した場合はもうチャラにするという習慣も、その後中東ではずっと
続いています。イスラム教では利子を取る金融業は禁止されており、イスラム
世界の金融機関が昔からおこなってきたのは、事業へ投資する営業です。

砂漠やシルクロードなどを行く隊商に投資して、その隊商が無事戻ってきたら
その売上金を分かち合います。しかし万一隊商が気候の異変で全滅したり山賊
に襲われて積荷を失ってしまった場合は、投資分は消滅します。投資した相手
に弁済を求めたりするような過酷なことはしません。

これは現代日本でいえば投資信託のようなものです。

ヨーロッパでもキリスト教は元々イスラム教と同様に利息を取る融資を禁止し
ていましたので、ルネッサンス時代にイタリアで銀行業を営み大きな財をなし
たメディチ家などは、お金を借りたいという事業主に外国通貨の手形を振出し、
それをイタリアの通貨に両替する手数料という名目で利子を取りました。この
メディチ家が今日の近代的金融業の起源といわれています。このメディチ家が
栄えていた時代に、現代の商習慣につながる手形や小切手などの制度も生まれ
ています。

担保を取るというのもメディチ家が始めたとされますが、元々当時のこういう
大手の金貸し業というのは、大きな事業をしようとする人にお金を貸そうと
していますので、返済できなかった場合は担保をもらってそれでチャラにする
という方法でリスクの低い貸し出しをしていました。これは借りる側も安心で
あったわけで、結果的にはこういう貸し方は低い利子でも利益をあげることが
可能です。

さてイスラム世界でシルクロードを行く隊商に投資信託が行われたのと同じよ
うな構図で、ヨーロッパでは大航海時代にインドネシアまで香料を取りに行く
船への共同投資がおこなわれるようになりました。

当時の航海はまさに命がけで、だいたい船員の生還率は1〜2割程度。100人で
行ったら80〜90人程度は途中で命を落としていました。しかしそういう危険な
旅をやってやろうという冒険野郎たちはいます。ところが彼らにはお金がありま
せん。一方で香料(当時モルッカ諸島のスパイスは同じ分量の金と等価交換され
ていた)を欲しいお金持ちはいますが、彼らは命がけの旅などしたくありません。

そこでお金持ちがみんなでお金を出し合い、冒険したい人たちを雇って貿易の
船が仕立てられるという仕組みが成立したわけです。当初このような組織は
かなり乱立しましたが、その後、各組織が過当競争をして香料の相場を必要以上
に引き上げるのを防止するため統合が進み、オランダやイギリスなどの国では
国内で単一の組織にまとめあげられました。これが今日の「株式会社」の起源
といわれる「東インド会社」です。

この株式会社では長期的な計画にもとづく運営が必要であるため、途中で一部
の株主が抜けられても困るとして、基本的に脱退が禁止されました。イスラム
の隊商への投資信託なら、隊商か戻ってくるたびに売上金をみんなで分配すれ
ば良かったのですが、投資組織が永続的なものとなった場合、船が戻ってきた
時に売り上げを全て分配するわけにはいきません。投資した金額から船などの
固定資産を差し引き、また次回の航海のために必要な準備金の分も差し引いた
残り「純利益」を計算して、その分を株主で分配することが求められました。
この計算のために「簿記」が発達することになります。

また途中で抜けられてもその分だけの出資金の返還が困難であるため脱退を
禁止はしたものの、色々な事情でどうしても抜けたいという株主はあります。
そこで、そういう株主には自分の株を他人に(有償で)譲渡する権利を認める
ことになりました。ここで「株式」というものそのものが、一種の価値ある
ものとして取引されるようになったのです。

株式というものは、出資者がその会社に出資したら最後、永久にその代金は
返済されません。その代わり、出資者は会社が利益を出したら配当を受ける
ことができます。また株式会社は基本的に「有限責任」の立場を取っており、
その会社が多大な債務を抱えて倒産した場合も、株主は出資金を失うだけで
それ以上の責任は一切問われません。この有限責任のおかげで誰もがこの会社
に安心して出資することができるのです。これがもし会社が倒産したときに
その債務を株主全体で負担しなければならないという話だったら、わずか
500円の株式をたった1個持っていたがために何億円もの資産を失うという
怖れもあり、とても出資する気にはなりません。しかし有限責任ならそんな
ことになる心配はないのです。

株式というのは何か。それは「返さなくて良い借金」にほかなりません。

誰かが何かの事業を始めようとして、そのために大きな元手がいるという場合
その事業に賛同する人を何人か集めて出資してもらい、株式会社を設立する
というのが、現代の基本的なビジネスの始め方です。

そうすれば事業をする人は安心して長期的な視野にたった経営をすることが
でき、安定して運営される会社を築き上げることができます。

元々借金というものそのものが、事業をしたいのに元手が足りない人のため
に、余裕のある人や機関が貸し付け、事業の利益が出たら返してもらうという
形で行われたものでした。そういう本来の形での借金は、こうして近代以降は
株式会社という形の相互扶助制度・資本共有制度へと進展して来ました。

一方の「返すことを求められる借金」についてはしばらく後でまた取り上げます。

年明けは預金や金融機関の種類の話から。


(2003-12-29)

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