前回、人間の社会的な役割を表わすペルソナという元型を見たのですが、それが
強すぎるとその人の人間性なり個性なりがなくなってしまうということを述べま
した。
人間の心の中にはそれを補償する作用のものがあります。それは夢や物語などの
イメージの世界では一般に異性の人物像で表わされます。ユングは男性の心の中
に潜むペルソナを補償する女性像を「アニマ」、女性の心の中に潜む男性像を
「アニムス」と呼びました。
「アニマ」とはラテン語で「たましい」という意味で、「アニムス」はその男性
形です。
アニマとして分かりやすいのは理想の女性像として現れる場合です。有名な例で
は、ダンテにおけるベアトリーチェ、ダビンチにおけるモナリザのようなもので
しょうか。
アニマには色々なレベルのものがあります。ユングはこれを、生物的なアニマ、
ロマンチックなアニマ、霊的なアニマ、叡智のアニマ、と4つに分類しました。
生物的なアニマというのは、とにかく女であれば何でもいいというレベルのもの
で、性的なもの・肉体的なものが強調されます。夢魔などはこのレベルのアニマ
とも考えられます。
ロマンチックなアニマでは、相手の人格がそなわって来ます。一般的には美人で
優しく情感のある女性、理想の女性像として表現されます。昔話や伝説、文学作
品などにその多くの例を見ることができるでしょう。
最後の2つはちょっと区別が付かない感じですが、神聖な存在にまで高められて
いて、ヨーロッパなら聖母マリアや女神アテネなど、日本の感覚で言えば観音菩
薩や天照大神のような存在でしょう。
Robert Wang の「ユングのタロット」ではアニマは女教皇のカード、アニムスは
魔術師のカードで表わされています。これはそのまま聞くと違和感を感じるかも
知れませんが、自分が男性であったとしてアニマのカードを探すとやはり女教皇
でしょうし、自分が女性であったとしてアニムスのカードを探すとやはり魔術師
になりそうです。
しばしば男性は人生の半ばに差し掛かった辺りで、ペルソナを取るかアニマを取
るかという二者択一を強いられることがあります。そういう時ペルソナを取った
人は社会的にはどんどん成功して大きな収入を得るようになりますが、数年後に
突然奥さんから離婚要求を突き付けられたりして困惑します。またアニマを取っ
た人は家庭生活はより充実したものになりますが、今まで築いてきた社会的信用
を失い、会社をクビになったりします。アニマはときには強力な破壊者としても
作用するのです。
恋人や夫婦というのは、お互いのアニマ・アニムスまで考えると実は4人の関係
であるという見方ができます。つまり夫は自分の中にアニマを持ち、妻は自分の
中にアニムスを持ち、夫・妻・アニマ・アニムスという四角関係が存在するので
す。夫は妻・自分のアニマ・妻のアニムスとの関係を維持しなければなりません
し、妻は夫・自分のアニムス・夫のアニマとの関係を維持しなければなりません。
つまりそこには6本の関係の糸があり、そのバランスが崩れると、その男女関係
にはひずみが発生し、長い期間にわたってその状態が続くと、どちらかが堪えら
れなくなって、破局に至ります。男女関係というのは実に難しいものです。
占星術的に言えば、太陽が夫、月が妻、金星がアニマで火星がアニムスでしょう。
岬兄悟の「ラヴ・ペア」シリーズでは、主人公はアニマ・アニムスの世界からや
ってきた理想の女性と文字通り合体してしまいます。アニマ・アニムスはもとも
と宇宙からやってきた精神的生命体で、それにより人類は高等生物に進化したの
だ、というのは面白い設定です。