起源的には弁天はインドの三大主神の一人ブラフマー(梵天)の娘にして妻であ る川の神サラスヴァティです。起源的にはゾロアスター教の水の女神アナーヒ ターと同じルーツではないかとも思われます。アナーヒターはメソポタミアの イシュタル、そしてギリシャのアフロディーテ(ヴィーナス)にもつながりま す。アフロディーテが海で生まれたという伝承は重要かも知れません。そして 日本ではやはり同じような水の女神・市杵嶋姫神(いちきしまひめのかみ)と も同一視されています。世界的なイメージの連携がここにあります。
(サラスヴァティはインドでも古い神の一人である。イシュタルやアフロディ ーテも同様に古い神である。この神の伝搬はひょっとしたら1万年くらい前の 氷河期が終わって世界中で洪水が起きていた時期まで遡るのかも知れない。)
インドではサラスヴァティは言葉の女神ヴァーチュと同一視されており、創造 神ブラフマーが実際に世界を創造する時、ヴァーチュに言葉を語らせ、その語 ったものが創造されたとされます。聖書の「はじめに言葉ありき」と似た言霊 思想です。インドではサラスヴァティは蓮の葉の上に乗り、白鳥あるいは孔雀 を従えていますが、日本では弁天様のお使いは蛇です。また、サラスヴァティ は詩と音楽の女神とされて弦楽器のビーナを持っていますが、日本では似た形 の弦楽器である琵琶に変化しています。
(蛇と孔雀の関連も面白い。インドでは孔雀は蛇を食べる存在。言ってみれば 蛇の支配者と考えることができる。通常は川の流れが蛇の形を連想させるから と言われている)
弁天は同じような地位にある吉祥天(ラクシュミー)がどちらかというと上流
階級の人たちに信仰されたのに対して、弁天は一般庶民に人気がありました。
湾内の小さな島とか、瀬戸の中央にある島などにはしばしば弁天が祭られ、海
の守り神として人々に信仰されていました。そしてそういう島自体が弁天島と
呼ばれています。そういう背景から七福神が16世紀に成立した時には、自然と
そのひとつに入れられました。
基本的には、神奈川県の江ノ島神社、広島県宮島の厳島神社、滋賀県琵琶湖北 の竹生島神社を日本三大弁天と呼んでいます。こういう神社系の弁天では御祭 神は当然市杵嶋姫神、あるいはその姉妹の湍津姫神・田心姫神を併せた宗像三 女神になっています。
佐賀県の呼子の先に加部島という小さな島があります。この加部島には式内社 の田島神社(この神社自身が宗像三女神を祭っている)があり、また近くには 神集島(かしわじま)という変った形の島があるのですが、この加部島に本土 から渡る橋は奇妙なカーブを描いています。それは、この橋をまっすぐ通して しまった場合、海峡の島に祀ってある弁天様の社の真上を通ってしまうため、 わざわざこれを避けたのです。この橋を見たとき、私は日本人が神仏を敬う心 を忘れていないことを改めて認識しました。
弁天というと現在の30代くらいの人の中には高橋留美子の「うる星やつら」に 出てくる弁天を連想する人もあると思うのですが、この弁天様はかなり荒っぽ い弁天です。しかしイシュタルやアフロディーテの自由奔放さを考えると、こ ういう弁天もあっていいかも知れません。
高い年代の人になると、歌舞伎の白浪五人男を想像する人もあるかも知れませ ん。この中の弁天小僧菊之助というのは河竹黙阿弥が3代目歌川豊国の錦絵に 触発され、美少年の5代目尾上菊五郎(当時19歳)のために設定した役所ですが、 若侍から娘姿、そしてやくざ者へと変身する様はまたある意味で弁天的なのか も知れません。
なお、弁財天の真言はオン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ、種子はソです。
ソラソバテイはサラスヴァティがなまったものでしょう。