世界の女神たち( 1)イシュタル

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written by Lumiere on 96/10/11 06:48
この一般に「イシュタル」という名前で知られている太古の女神は元々のシュ メールの地では「イナンナ」と呼ばれていました。

今回のシリーズは「日本史の中の女性」と同様、「イメージの源泉」のサブ・ シリーズで「エヴァ」思想を追い求めているものですが、その準備として各地 の女神の分類を試みていた時、それまでそんなに深く考えてみたことのなかっ たこのイシュタルという女神がかなり大きな存在として浮び上がってきました。

このイシュタルは金星の女神であり、愛の女神であって、明らかにギリシャ神 話のアフロディーテ(ローマ神話のビーナス)の源流と思われます。またヘレ ニズム時代に東方三大女神と言われた、ディアナ・イシス・キュベレーの内の キュベレーもイシュタルの影響を受けているようです。

古文書でイシュタルについて語られているものは主として二つあります。一つ が「イシュタルの冥界下り」と呼ばれているもので、もう一つが「ギルガメッ シュ叙事詩」です。

まずギルガメッシュ叙事詩から行きますと、イシュタルはある時、ギルガメッ シュ王にプロポーズしました。これに対してギルガメッシュはあなたは浮気者 で次々と男を取っ替えているではないか。私はあなたとは付き合えない、と言 って申し出を拒絶します。そこで怒ったイシュタルは巨大な牡牛を送りギルガ メッシュ王を殺そうとしました。この牡牛は天の牡牛座を降ろしたものだと言 われています。

(やはり金星と牡牛座の関係というのは古いんですね)

これに対してギルガメッシュ王は親友のエンキドウとともに戦い、牡牛を倒し てしまいました。憤懣やるかたないイシュタルは天神エアの所へ行き、あいつ らを何とかしてくれと訴えます。エアも困りますが、結局牡牛を殺した罰とし て、ギルガメッシュとエンキドウの内、どちらかは死ななければならない、と いう裁定を下します。ここでエンキドウはまだギルガメッシュ王を死なせる訳 にはいかない、と言って自分が死を引き受けるのです。親友の死に呆然とした ギルガメッシュ王は死というものの意味を考えるため、永遠の生命を持つとい うウトナピシュティムを探しに放浪の旅に出ます。

ギルガメッシュ叙事詩というのは長大な物語ですが、そのうちこの「イメージ の源泉」のどこかでは取り上げたいと思っています。この物語の中でイシュタ ルは非常にわがままな女神として取り上げられています。手塚治虫の「リボン の騎士」なども含めて現代の作品でアフロディーテ(ビーナス)を取り上げた 作品でもやはりアフロディーテはわがままものということになっているものが よくあるような気がしますが、これはそういう見方というものがかなり伝統的 にあったのでしょうか。或いはわがままは美人の特権なのでしょうか。

さて、もうひとつの「イシュタルの冥界下り」ですが、こちらは心理学者が好 きになりそうな感じの象徴的な物語です。

「イシュタルは冥界に行かなければならないと考えた」という文章でこの物語 は始まります。このなぜ行くことにしたか、その理由は触れられていません。

彼女は冥界の第一の門にたどり着きます。「私はイシュタルです。通しなさい」
と門番に命じますと、門番は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの大 王冠をここでお預かりします」といいます。そこでイシュタルは頭に付けていた 大王冠を渡しました。

やがて第2の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの耳飾りをここでお預かりしま す」といいます。そこでイシュタルは耳飾りを渡しました。

やがて第3の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの首環をここでお預かりします」
といいます。そこでイシュタルは首環を渡しました。

やがて第4の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの胸飾りをここでお預かりしま す」といいます。そこでイシュタルは胸飾りを渡しました。

やがて第5の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの腰帯をここでお預かりします」
といいます。そこでイシュタルは腰帯を渡しました。

やがて第6の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの腕環と足環をここでお預かり します」といいます。そこでイシュタルは腕環と足環を渡しました。

やがて第7の門に達します。「私はイシュタルです。通しなさい」すると門番 は「お通ししますが、冥界の掟により、あなたの腰布をここでお預かりします」
といいます。そこでイシュタルは腰布を渡しました。

イシュタルはこうして各門ですべての衣服を脱ぎ、裸の状態で冥界の女王エレ キシュガルの前に出ました。エレキシュガルはイシュタルの姉ですが、彼女は なぜ妹がやってきたかが分かっていましたので、たいそう不機嫌でした。そこ で、彼女はイシュタルが裸で自分に会いに来たことをなじり、冥界の裁判にか けて死刑を宣告し、殺してしまいます。

イシュタルがいなくなると愛の女神がいなくなったことで人間も動物も植物も みな愛し合わないようになってしまい、子供が全く産まれなくなり作物も全く 実らないようになってしまいました。

こまった天神エアは月の神シンと相談し、宦官アスシュルナミルを冥界に派遣 してエレキシュガルを説得、彼女はしぶしぶ生命の水をイシュタルにふりかけ て蘇生させますが、彼女を地上に戻す代わりに誰か代わりの者を冥界に連れて 来るように、と要求し、認められます。

そこで冥界の侍従が地上に出て代わりの者を物色していたところ、イシュタル の夫のドゥムジが妻が死んだというのに喪にも服さず遊びほうけているのを見 つけます。けしからん奴だというわけで、ドゥムジをイシュタルの身代わりに 冥界に捕らえておくことにし、イシュタルは解放されます。

イシュタルが冥界の第7の門を通ると門番は彼女の腰布を返してくれました。
イシュタルが冥界の第6の門を通ると門番は彼女の腕輪と足輪を返してくれま した。
イシュタルが冥界の第5の門を通ると門番は彼女の腰帯を返してくれました。
イシュタルが冥界の第4の門を通ると門番は彼女の胸飾りを返してくれました。
イシュタルが冥界の第3の門を通ると門番は彼女の首環を返してくれました。
イシュタルが冥界の第2の門を通ると門番は彼女の耳飾りを返してくれました。
イシュタルが冥界の第1の門を通ると門番は彼女の大王冠を返してくれました。

イシュタルが地上に戻ると再び人間や動物は愛し合って子供を産むようになり、 植物も実をつけるようになりました。


このイシュタルの冥界下りのことを最近なにげなく反芻して考えていたとき、 ふと連想がつながったのが、ルシファーの地獄堕ちです。ルシファーは明けの 明星の象徴ですので、つまり金星の神なのですが、5〜6世紀以降のキリスト 教文化の中ではヤハウェの神と争って負けて地獄に落とされ、地獄の主になっ たとされました。そしてその理由もヤハウェが天使たちに自分が作ったアダム への服従を要求したとき、ミカエル(太陽の象徴)は従ったがルシファーは拒否 したため、だとか色々と付けられたのですが、もしかしたら、金星の天使ルシ ファーが地獄へ行くというモチーフは金星の女神イシュタルが冥界に降りてい くというのの焼き直しなのではないか、と考えた訳です。すると、イシュタル が冥界に行った理由の説の一つにイシュタルが姉に代わって冥界の支配者にな ろうとしたのだ、というものがありますので、ルシファーが地獄の主になった という話ともつながってきます。

最後にイシュタルの影響を受けたのではないかと思われるキュベレーについて 触れておきましょう。キュベレーは小アジアのベルガモンで信仰されていた女 神ですが、アポロン神殿の神託によりローマに聖体が移され、ローマでも信仰 されるようになりました。キュベレーは男性器の貢ぎ物を要求したことで知ら れています。キュベレーの信者たちは祭りの中で踊り騒ぎ熱狂して、その興奮 の中で男性信者たちが自分の性器を切り取り、それをキュベレーの女神へ捧げ ました。その切り取った信者には他の信者から女の衣服がプレゼントされたそ うです。

性器を要求するというのはこの神が豊饒の神の要素を持っているということを 示しており、去勢行為自体、女性への同一化=母性復帰の要素を秘めています。
これは男性の参加者は女装して参加したというエレウシスの秘儀にも通じるも のがあります。また、熱狂の中で去勢が行われるという流れは熱狂の中で人間 を八つ裂きにしたというディオニュッソス教徒たちへも影響を与えているよう に思います。ディオニュッソスは男性神ではありますが、大地母神の息子とい う位置づけが強かったようです。


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