世界の女神たち(10)天照大神-cont4

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written by Lumiere on 97/01/13 09:24
さて、伊勢に対する一般庶民の信仰というものを見てみますと、一時期伊勢神 宮は皇室の祖先神として一般の人の参拝が禁止されていた時期もあったのです が、平安時代の末頃になると皇室の力が衰えて、そんなことも言ってられなく なり、一般の人の参拝の道が開かれます。

と同時に権禰宜クラスの神官の中に伊勢の地を離れて全国を回り、各地で私的 な祈祷をする者たちが出てきます。これを御師(おんし)といいます。

御師は伊勢の大麻(たいま)と呼ばれるお札を配布して伊勢神宮への参拝を推 奨し、これによって伊勢信仰は普及するのです。室町時代頃になると今度は各 地に伊勢講ができ、庶民が集まって共同で積み立てをし、くじ引きなどで決め て順番に代表でお伊勢までお参りに行く、などということも始まりました。

そしてやがて江戸時代になると、誰でも仕事を放り出してでもお伊勢さんに参 りにいくという「おかげ参り」の動きが始まります。このおかげ参りは時々大 流行し、日本人口の4分の1くらいがおかげ参りをした計算になるような年も あったようです。

そして幕末、慶応4年夏。名古屋で空から一枚の伊勢神宮のお札が降って来ま した。これがきっかけで突発的に起きたのが「ええじゃないか」です。民衆は 乱舞し、乱舞は全国へ広がって行き、江戸幕府は崩壊、明治維新が起きます。

名古屋と伊勢。天武天皇が天下を取った時と同じ要素が見えているのは不思議 な符合です。

天武と三角形の話については、またいづれどこかで書きたいと思っています。
が、今回は伊勢から名古屋に引いた線を延長した所に位山や立山の霊山がある ことだけを書いて稿を閉じておきます。


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